2010年4月アーカイブ

縁の下の力持ち

影は影でいるべきようです。 影が日の当たることを求めてはいけないようです。 陰は表に出てはいけないのです。 ひっそりと支え続けないと。 自分でそう思っている時は良いのですが、それを人から言われると 、ムカっときます。 自分だって支えられているくせに、あたかも自立しているような人から、そう言われると特にムカっときます。 影は影でかまいません。 陰は陰でかまいません。 しかしそう扱われると・・・。 矛盾していることも理解できますが、納得いかないことが出てきます。 納得できないことが積み重なると、ストレスが溜まります。 怒りがこみあげてきます。 それを我慢すると、益々、ストレスが溜まっていきます。 悪循環。 一度、始まってしまったら、なかなか止まりません。

明日の嫌な会議を考えると気が重い

明日は予算折衝が必要な会議があります。
不景気なこのご時世、限られたお金をみんなで奪い合うようにしなければなりません。

コンピュータに関することにはお金がかかる。
システムを管理運用するにはお金がかかる。

目に見えないことなので、なかなか理解されないので気が重くなります。
どれだけの貢献度があるか、ということがまったくといって良いほど理解されないのです。
貢献度が理解されなければ、お金は出してもらえません。
お金がなければ、なにもできません。
なにもできないと、あたかも仕事をサボっているかのような扱いを受けることになります。

安定したシステム運用のためには、我慢しなければありません。
評価されるためでなく、仕事をしていないと思われないために、上の人からの嫌み・罵詈雑言を我慢しなければならないのです。
評価されて当たり前にもかかわらず、手抜きをしていない程度の認識を得るためにです。

会議で提案をしなければなりません。
職場のためなのに、耐え忍んで、あたかも自分が悪人でもあるかのような扱いを受けなければならないのです。
実に不可解で、ストレスは溜まるばかりです。

頭に浮かぶ言葉。

献身。

なぜという疑問が尽きません。
どうして、なんにためにと自問自答が続きます。
なぜこんな矛盾があるのでしょうか。
毎度、毎度、そういう疑問をかかえながら、会議に臨むのでした。

この国は変わらない

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本質的な議論を避けているようでは、この国は変わらない。
政治家は、目先の選挙のことしか考えていない。

結論がでない、という議論をしなければ、なにも変えることはできない。

結論を得るための議論に、どんなに時間を費やしても、本質は見えてこない。
本質を求める議論を行わなければ、なにも変えることはできない。

目先の利益に左右されては、なにも生み出すことなどできない。
私利私欲に満ちた議論では、物事の本質を求めることなどできない。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100412-00000001-health-soci

ポイントは15時までに、20分以内の昼寝にすること。これ以上長く眠ると、深い睡眠に陥り、起きてもボッーとしてしまいます。また、これ以上遅い時間に眠ると、夜の寝つきが悪くなるので注意して下さい。


春眠暁を覚えず。

諺ではありますが、実は病気なのだそうです。
寝不足のサインを体が出しているのだそうです。

睡眠不足は寝るのが一番。
だからといって、補うための睡眠は、寝過ぎてもダメなのだそうです。
ここに書いてあることがポイントだそうです。

頑張って眠気と戦いましょう!
zzzzz......
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100407-00000105-jij-spo

 ライセンスの取り消しはJBCの懲罰規定で一番重い処分。すべてのプロ活動にかかわれなくなり、ボクシング界への復帰の可能性もほぼなくなる。過去には殺人罪で起訴された未成年の現役ボクサーがライセンスを取り消された例がある。 

礼節を欠いた行動に対しては、厳しい対応が必要だと思います。
特に格闘技のボクシング。
礼節を欠けば、喧嘩と違わなくなってしまします。

格闘技と喧嘩は紙一重。
一歩間違えば・・・。

礼節を尊ぶ心を育てることも、大切なことではないでしょうか。

見えない仕事は理解されない

実に悲しいことです。
悲しい事件がありました。

まるで仕事をしていないかのような物言いをされました。
まるで暇であるかのような扱いを受けました。

ネットワーク管理なんて、目には見えない仕事です。
動いて当たり前。 繋がって当たり前。
目には見えない当たり前のこと。
そんな風に言われたら、やる気なくすなぁ。

商品開発よりも、営業の方が偉いみたいな言い方ですからね。
どちらも必要な大切なものです。
見えない努力も評価して欲しい!

謙虚さだけは失いたくありません

なんの才能も無い自分は、人の何倍も何十倍も頑張らないといけません。
それを、頑張り、とは思いたくないのです。
なぜなら、そうすることで、やっと人並みになれるのですから、当たり前のことと考えたいのです。

そんな風に考えたいと思っても、人間というのは弱いもの。
どうしたって、自分のしていることへの評価を求めたくなってしまいます。

評価なんてされなくて良い。
ただ人のためになるのなら、それで良い。
自分のしたことが、社会に役立つことにつながるなら、それで良い。

単純にそう思えるような大きな人間になりたいと思っています。
見返りを求めるのではなく、純粋に誰かの、そしてどこかの役に立つことができるようになりたいと思っています。
そうなるためには、まだまだ研鑽を積む必要があるでしょう。
そして、その研鑽を本当の意味で自分の糧とするためには、進歩を求め続けなければならないと考えています。

そのために必要なこと。
それが謙虚な心だと確信しています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100405-00000018-oric-musi

演歌が着うた1位になっただけで驚いていたら、今度はオリコンのTOP5!

まさにThe root of song。
目に見えないところで、頑張っているんですねぇ。

51週と言えば、ほぼ1年。
1年間にわたって辛抱強く堪えている。

頑張っていれば評価が得られる、と言うことだと思います。

世の中はいろいろな人がいるものです

世の中はいろいろな人がいるものです。
だから面白い、そう信じて生きてきました。
自分と反りが合う合わないは、価値観の違い。
それを擦り合わせていかなければならないと、信じていました。

人を信じなければいけないと思っていました。
悪い人はいないという、性善説を信じてきました。
多様な社会のなかでは、虚しい考え方だと気付かされました。

謙虚さを失った人は、進歩することはありません。
自分が優秀だと思った時に、進歩を失うのです。

評価は自分で下すものではありません。
評価は周りが下すのです。
自分のしていることが、他者から評価を得られないからといって、評価者の愚鈍さを声高に叫んではいけないのです。
評価されないのは、評価に値することを成し遂げていないからです。
もしそれが正しいならば、試せば良いのです。
評価されるべきことならば、そこから去ることを誰も許さないのです。
本当に必要ならば、誰しもがそこに居続けることを望むはずです。

なにもしていないのに評価を求める。
評価されなければ、影で恨みツラ味を言い続ける。

それは負け犬の遠吠えです。
そういう人とは価値観の擦り合わせはできません。
今日はそのことに気づくことができました。

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